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官能私小説ノート

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20-15話 セフレはセフレ、それ以上でもそれ以下でもない・敦子 (1986年12月26日)

クリスマスディナーが昨夜で終了しました。

クリスマスは厨房も多忙ですが、それ以上にパティシエも超多忙になります。

敦子も同様で、超多忙な毎日を過ごしたと思います。

親御さんが子供を面倒見てくれているとは言え、他の独身のスタッフよりは家とホテルの往復で大変だったと思います。

執務室に敦子から内線電話が掛かってきて、「シェフ、今晩お時間はありますか?」と。

私も極度に疲れていたのですが、「少しぐらいの時間だったら大丈夫だよ」と答えました。

ただ、男性は極度に疲れていると、したくなるのも事実です。

敦子「では、22時に〇〇線の××の駅前の喫茶店で待っていますので」と。

私は時間前に車でその喫茶店に向かいました。

これ以降の話しは21話以降のパティシエの敦子に綴ります。

(つづく)

いつもありがとうございます



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20-14話 セフレはセフレ、それ以上でもそれ以下でもない・芳江(1986年12月20日)

ホテル内は12月に入るとクリスマスツリーが飾られ、クリスマス一色になり、第二週からは、クリスマスディナーの予約が入ってきます。

12月は末にならないとほっとできない程の書き入れ時です。

仕事を終えて執務室に居ると、秘書の芳江が「お先に失礼します」と言って、ニコニコ顔で私の横に来ました。

私は「今日はやけに嬉しそうじゃない?」と言うと、芳江は「今日はデ-トなの」と。

私は「それは良かったねぇ、大いに楽しんで来てよ」と言いました。

芳江は「誰とデ-トか知りたくないの?」と訊いてきましたが、私は「別に」と答えました。

芳江「フロントの佐々木マネージャーからクリスマスディナーに誘われて行くの」と。

私「それは良かった、佐々木君はスポーツマンだし、誠実だからね、芳江の事を大事にしてくれると思うよ」

芳江「シェフは心配じゃないの?」

私「何で心配しなくちゃいけないのか、分からないんだけど、この間、芳江から結婚の話しをされたけど、私はもう一回独立開業しようと思っているから、今は結婚は考えられないからさ、佐々木君だったら、芳江の結婚願望を満たしてくれるかもしれないじゃない、愛した人が幸せになってくれるのは、嬉しい事だからさ」

芳江「何よ、良い人ぶって嫌な感じ!、ではお休みなさい!、失礼します!」と言って不機嫌そうに帰って行きました。

私は弘子と会ってから、弘子に夢中になっていて、セフレはセフレとして、それ以上ではないと思えたのです。

後日、芳江が佐々木君との報告をしてきました。

私は「そういう話しは他の人に話すのはタブーだと思うし、聞きたくないね、そんな芳江の事だから、私との事も佐々木君に話したのかな?」

芳江「言う訳ないじゃないですか、私、シェフの秘書ですよ」

私「それはどうかな・・・?」

それ以降は芳江を抱く事はありませんでした。

(つづく)

いつもありがとうございます



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20-13話 弘子からクリスマスの予約の電話 (1986年12月19日)

弘子から珍しく、執務室に電話がありました。

彼女「先日はどうもありがとうございました、いつもいつもご馳走になっているのは心苦しいので、今度の火曜日はクリスマスイブの前夜ですが、ご都合は如何ですか?」

私「弘子さんとのデ-トの為に空けていますよと言いたいところですが、ご存知のように私はホテルの総料理長ですので、クリスマス期間中は休めないのです、なので済みませんが、もし宜しかったら30日の火曜日に一週遅れのクリスマスは如何ですか?」

彼女「そうでしたよね、ごめんなさい、では当日は私にご馳走させて頂きたいのですが?」

私「それではお言葉に甘えて、ご馳走になります」

彼女「ではお店は私が予約しても良いですか?」

私「はい、お任せします」

その後、彼女は唐突に「依田さんは他に付き合っている女性はいらっしゃるのですか?」と訊かれました。

私「いいえ、今は居ませんよ」とまたまた嘘を付きました。

彼女「それでしたら良かったぁ!」と。

私も「弘子さんはいらっしゃるのですか?」

彼女「いいえ、私はモテないですから、お恥ずかしい話しですが、今まで男性からお付き合いを申し込まれたのは依田さんだけですし、初めてだったので、驚いてしまったんです」

私「またまたまた・・・、弘子さんのような美人にお付き合いを申し込まない男性がいるなんて信じられません」

彼女「本当にそうなんです、あっ、一人居ました、先日のBARのマスターです、あの人は色々な女性に声を掛けているのを知っているので、無視したんです、私の友達も3人ほど声を掛けているんですよ」

私「では、・・・と言う事にしておきましょう。私にとっては大変に有り難い事ですから」

彼女「本当ですから」

私「わかりました、そういう事で」

その後はまた一時間ほど話して電話を切りました。

(つづく)

いつもありがとうございます



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20-12話 2回目のデ-トのお礼 (1986年12月16-5日)

2回目のデ-トの完結編です。

弘子とディナーを食べていると、弘子は「依田さんってトランペットも吹けるんですね、お上手だったので本当に驚きました」と言いました。

私は「でも一番、上手なのはホラなんだけど」と言うと、また彼女はクスッと笑いました。

その後彼女は、「ホテルでも中心的な仕事をされていて、趣味も沢山有って、凄いですよね?」

私「趣味と言っても下手の横好きの日曜大工と車旅ぐらいだけど」

彼女「外国は何処に行ったのですか?」

私「アメリカ、サイパン、韓国、台湾、香港、ぐらいかな?弘子さんは?」

彼女「私はハワイだけです」

私「ハワイかぁ・・・、暖かくて良いよね」

彼女「国内では何処に行きましたか?」

私「全部、車旅だけど、北海道を除いて関東より北は全県制覇したけど、南は大阪までで、その他は休みが取れないから行ってないんだ。飛行機だったら九州全県制覇したけど、車では未だなんだ」

彼女「凄いですね、私は両親と一緒で北海道、青森、宮城、新潟、石川、・・・(暫く思い出して)、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、うぅぅぅ・・・、あと・・・、都内は当たり前で、神奈川、山梨、三重、・・・(暫く思い出して)、兵庫、香川、大阪、京都、奈良、・・・(暫く思い出して)、鳥取、島根、山口、福岡、長崎ぐらいでしょうか、でも私、車酔いするから、電車とかバスそして飛行機は苦手なんです」

私「へぇ・・・、そうだったの?でもこの間のドライブは大丈夫だったじゃない?」

彼女「依田さんの運転は丁寧だったから酔わなかったんです」

私「そうだったんだ、だったらまた今度ドライブして行った事の無い県に二人で行けるようになると良いですよね」

彼女「本当にそうなると嬉しいです」

私「ではこれからも宜しくです」

彼女「こちらこそ宜しくお願いします」

それから一時間ほど話して、彼女の家に送って、その後私は蒲田のアパ-トに帰り、明くる朝にホテルに出勤しました。

(つづく)

いつもありがとうございます



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20-11話 2回目のデ-ト (1986年12月16-4日)

それぞれパ-トごとの練習でした。

私は懐かしさを感じて、彼女に「俺も昔良くココで練習してたんだ、だから聴いていても良いかな?」と訊くと、彼女はニコッと笑って頷いてくれました。

トランペット、フリューゲルフォーン、ソプラノトランペット、バストランペット、マーチング用シンバル、スネアドラム、テナードラム、マルチタム 、など私の時代はトリオぐらいでしたが、シックスドラムまであって時代の変遷を感じました。

当時と今では呼び方は変わったと思いますが、懐かしい音色で暫くの間、聴き入っていました。

休憩の際に指揮者の先輩が私を見付けて、近寄って来ました。

先輩「よっ、依田じゃないか、今何をしているんだ?」

私は名刺を出して「はい、今はこちらのホテルで総料理長をさせて頂いています、先輩は相変わらず熱心ですね」

先輩「ま、俺はこれしか出来ないから、それに本部職員になったんだ」

私「私はもう辞めましたから」

先輩「そうだったんだ、何でまた」

私「高校時代に父と意見が合わなくて家出してからですかね」

先輩「そうだったんだ、ところで今でもペットを吹いてるの?」

私「はい、時々ですかね」

先輩「吹いてみる?」

私「お借り出来れば」

先輩はご自身のトランペットを貸して下さいました。

私は恥ずかしかったので、陸橋の橋げたの横で少しキザな奴と思われるのも嫌でしたが思いましたが、「ドレミファソラシド」を二回吹いてその後、「スタイリースティックスの愛がすべて」のイントロ部分だけを吹きました。

先輩「相変わらず優しい音色で、マーチングには合わなくて、随分怒られていたもんな、音はあの時と全然変わってないね」と。

私「ありがとうございます」と言ってトランペットを返しました。

その後も暫く練習を見てから、渋谷の師匠の店に行き、師匠に彼女を紹介して、ディナーを頂きました。

(つづく)

いつもありがとうございます





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