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官能私小説ノート

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26話 「義父の他界」

忘れもしないある年の3月8日にあのイヤミで意地悪な義父が他界しました。

あの7話の「義父の急病」から最初の内は毎週1回から段々に毎週2回になって亡くなる3年間は毎週3回の人工透析の行き来の送迎は私の役目でした。

行きは未だ元気なのですが、帰りは死にそうなほどの脱力感で辛そうにしていて、その身体を支えて車に乗せるのや、家に着いて靴を脱がして玄関に上がらせるのが、身体の大きな私でも大変でした。

そんな義父も送迎をしている間中、一回も礼を言われることは無く、元気な日には車内で相変わらずのイヤミや侮蔑の言葉が車内にて並びました。

つまり他界するその日まで、私へのイヤミや侮蔑の言葉が無くなった事はなかったのです。

人工透析のクリニックの医師や看護師も送迎の度に私が頭ごなしに怒鳴られている姿を目にしていて、「大変ですね~」といつも声を掛けて下さっていたのが唯一の救いでした。

私は仕事中に義母から義父の死を電話で知らされ、電話を切った時に、正直な気持ちで「ヤッター!」と叫び心底から清々とした気持ちになりました。

その後、自宅に居た妻と倅を迎えに行き、病院に行きました。

義母は動転していたのか、私たちが霊安室に入った途端に「遅かったじゃない!お父さんが可愛そうでしょ?」と感情的に怒鳴りました。

相変わらず、自己中心的な物言いの義母でした。

その本性が義父の通夜の場面で現れました。

私たち夫婦に打診もしていないのに義母は「あんたたちはお父さんに今晩は付いていてね、私は妹たちと帰るから、バイバイ」とヘラヘラ笑いながら言って、さっさと叔母の車に乗り、実家に帰って行ったのでした。

葬儀全般(金銭面も全て)を任されて、義母にとっては当たり前の事なのかもしれませんでしたが、一切礼を言われる訳でもなく、自分の伴侶が他界したと言うのに、さっさと帰ってしまえるその神経が私には理解できませんでした。

この時に既に義母も認知症が発症していたのは、今に成ってみれば、理解できる事が多々あり、その後も、この認知症のお蔭で大変な事が起っていきました。

(END)

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