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官能私小説ノート

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弘子とのその後 4 生意気な次弟の言葉

逢った時や電話の度に弘子は私との結婚後の生活を想像して話しをするようになりました。

それは私自身が弘子の両親に会った際に、父親から酷い事を言われ、交際を反対された事によって、弘子との交際を断念しようと思っているのではという危惧からだと思っていました。

実際問題、弘子と結婚した場合、あの両親も漏れなく付いてくるので、正直不安がありました。

当たり前ですが弘子は育ての両親にも恩義を感じていて、両親が歳を取ってから貰われた事で、既に高齢になっていた両親を捨てて私の元に飛び出して来る事も躊躇していたのだと思うからで、私に対して「結婚したら両親と一緒に住んで」とも言えなかったのだと思います。

私もあのモンスターな父親と一緒に住んだら精神がおかしくなりそうでしたので、頼まれてもこれだけは二つ返事ではいかないと思っていました。

両家の家族や親戚が入らない二人だけの夫婦生活でしたら、幸せまっしぐらになりそうな予感は有ったのですが、互いの家族や親戚が入ってきたら、特に弘子の関係は父親が言うには堅物揃いで既に私との交際を反対しているようでしたので、心配が増長しました。

そんな私の深層心理を見抜いていた弘子は、それを直接言えなかったから、二人の結婚後の話しをしていたのだと思っていました。

反対に私の両親は初婚の弘子が私の妻に成る事には反対は一切ありませんでした。

ただ、弘子を実家に連れて行った際に、生意気な次弟が私の居ない時に弘子に対して「俺はまだ認めた訳ではないから」と言ったそうで、後にそれを聞いた私は激怒して次弟に電話をして「何処の誰がそんな生意気な口を利いているんだ?」と問い質すと、その場で直ぐに「兄貴、ごめんなさい」と謝罪しました。

次弟は私と4歳違いですが、学校や地元の不良に虐められた際にいつも私に助けられていたので、大人になってからも私に逆らう事は一切なく、蔭に隠れて弱い者虐めが得意な奴でした。

成人してからも、自分は矢面には立たず、いつも父の蔭に隠れて私を攻撃していて、自分の会社を興す時には全て親父におんぶに抱っこで開業しました。

開業資金、運転資金は全て親父から出て、倒産する際は連帯保証人の親父に責任を全て被せ、妻と4人の子を捨てて仙台に一人で逃げ蒸発し、その10年後に父親が他界し、その葬式の日に私たちが伝を辿って探し出し、その際に一人で来れなくて後妻を連れて参列した最悪でした。

私はこの調子の良い弟が子供の頃から大嫌いでした。

(つづく)

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