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官能私小説ノート

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弘子とのその後 8-1 ヨンファの婚約と弘子との結婚

弘子との同棲期間中に、私の再度の独立創業を果たし、ヨンファが韓国から再来日し、結婚を迫られたり、様々な事が勃発したのですが、その全ての事を弘子は黙って私の陰日向となって乗り越えてくれたのです。

崇はそんな私を見かねて、ヨンファを東京見物に連れて行ってくれた後に、1週間の休みを取って、ヨンファを京都の旅に連れて行ってくれて、帰って来た時にはヨンファは崇と結婚の約束をしていたのでした。

実は崇は以前からヨンファに気があって、最初の独立開業の店の社員旅行で度々崇や茂を韓国に連れて行った際に崇はヨンファに恋心を持っていたのです。

ヨンファにも崇との事を訊くと、ヨンファも崇が以前から優しくしてくれていた事で気になっていて、実は私に隠れて、崇と文通をしていた事を白状したのです。

私は余りにも早い展開だったので疑問に思っていたのですが、これで納得できました。

私としても一番弟子で信頼を置いている崇がヨンファを面倒見てくれるのであれば、心配ないですし、有り難いと思いました。

その後は、何度も弘子の父親が酒が入ると私の店に乗り込んで来ては、お客様がいらっしゃる中で大声を出して嫌がらせをしていたのです。

今、思い起こすと当時の義父はこの頃から認知症を発症していたのだと思われます。

しかし私はされても仕方ないと思って我慢しました。

その時には流石に私の母もその光景を見ていて、弘子の居ない所で、「こんなに大反対されて嫌がらせをされているなら、結婚しない方がお互いの為だったんじゃないの?」と言われた事を思い出しました。

私も弘子に一回だけ「俺たちはお前の両親や親戚から祝福されない結婚なんだから止めない?」と進言した事があったのですが、弘子は「両親を捨てても貴方と過ごしたい」と固い決意を言われたので、その話しは無かった事にしたのです。

その後は弘子の両親も折れて結婚を許してくれて、「お前は親の優しさを知らずに社会に出たから、俺が親の優しさを教えてやるから」と言われ、私もその気になっていたのですが、結婚した後はまた掌返しをされて義父が他界するまでの約10年間、私への虐めや嫌がらせは続きました。

その年の4月上旬、私30歳、弘子28歳、弘子の両親や親戚以外の多くの方々から祝福され、結婚式そして披露宴を挙げました。

私は二回目だったので、本当の事を言いますと、大々的な披露宴はしたくなかったのですが、弘子の両親は一人娘の晴れ姿が見たいという事で仕方なくやりました。

(つづく)



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