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官能私小説ノート

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弘子とのその後 9 義父の認知症の悪化で私への虐めが強烈に

弘子の父の認知症は日を追う毎に酷くなってきました。

弘子の父は弘子との結婚の前に私の家族や親戚を興信所を使って調べ上げた事をネタに、顔を合わせればチクチクと私や私の両親や親戚を侮蔑したのです。

私が経営する店に来て怒鳴った時のように感情的な物言いで目は据わり、狂人のような仕草で始まるのです。

そして、さも国家公務員家族が世の中で一番優れているかのような事を自慢し、私の家族や親戚は商売屋が多く、それをネタに侮蔑していました。

当時はまだ、私の父は大手出版社に勤務の傍らで東京の山手線内側の駅から徒歩5分に先祖代々から受け継いだアパートや貸店舗を持って経営していました。

ただ、私はその父の経営方針が善悪が分かるようになった小学低学年の頃から合わず、父に悪態をついては逆らっていました。

本家の親戚も同じ駅に多くの土地やビルを持っており、工務店、雀荘、お好み焼き屋、会員制クラブ、レストラン、ビリヤード、卓球場などを経営していたのです。

そして父が明治大学を中退した事や母が中卒だった事なども侮蔑の標的になっていました。

子供の頃から私は自身の両親とは、特に実父とは価値観の相違から折り合いが悪かったのですが、だからと言って他人(義理)の親から面と向って私自身の両親や親戚の事を侮辱されるのは許せませんでした。

意気揚々と侮辱していた義父に、一回だけですが、「私の事をバカにしたり侮蔑するのは我慢しますが、両親や親戚の事まで言われるのは我慢できないので止めて下さい」と。

その時も義父は大きな声を出して怒り出しました。

今でも印象に残っている言葉が「料理人は人間の屑」「お前みたいな屑が何を出来るって言うんだ」です。

その後も妻そして義母の居る前で義父は私を罵倒し続けたのです。

自分の言葉に酔いしれているかのような感じで、国家公務員は人間としても最高と自身の現役時代を自慢しました。

私が義父に怒られ侮蔑されて居る時に、妻は悲しい目をしているのですが、義父に逆らう事は一回もありませんでした。

ドラマの中なら義母が「お父さん、言い過ぎでしょ、和夫さんが可愛そうだからもう辞めて上げてよ」と言うのでしょうが、義母は義父の後ろでニヤニヤ笑っているだけでした。

休みの日は両親共々、朝から私たち家族のマンションに来て、夕食が始まる前には風呂を済ませ、酒を飲み出し、夕食を食べようとした寸前に義父は前触れも無く怒り出し、同じ話しの侮蔑が始まるのです。

私は食事を取らずに、部屋から出て近くの公園やボーリング場、そして本屋などをうろついて、そして更に時間が余っている時は店に行って、時間を稼ぎ、両親が帰宅するのを待ち、帰宅したのを確認してから自宅に帰るのが日課になっていました。

惨めな時期でした。

(END)

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