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官能私小説ノート

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弘子とのその後 10 転機

特に休みの前日は義父母の事を考えると眠れなく、店は一週間に一回の休日を取るのを止めて年中無休にしたのです。

休日が無いのですから、義父母のいる家に帰らなくて済むからでした。

私の店は年中無休にした事で更に業績が伸び、取引銀行の担当者さんの紹介で2店舗目の開業を果たしたのです。

と同時に仕事の量が増え、仕事も今まで以上に多忙になっていきました。

必然的に帰宅する時間が遅くなり、更には多くの方々との夜の付き合いも多くなり、当然の事ながら、周りの女性たちの甘い囁きにふら付いたのでした。

ほぼ同時期に、妻は長男を妊娠しました。

義父母は大変に喜びました。

私の実家の両親には既に次弟夫婦が既に4人の子を産んでいたので、別段喜んではいませんでした。

弘子は家に居て、義父母が毎朝家に来て世話をしてくれていました。

私は義父母の顔を見るのが嫌でしたから、毎日、河岸に行く為に朝、4時には家を出て、時には独身の茂のアパートから河岸に行くという日々を送るようになったのです。

また仕事は激務をこなして、深夜に帰宅していた訳で、待っているのは明るい笑顔ではなく、毎日来る義父母に気を使ってか疲れ切った弘子の愚痴で、更に心身ともに追い込まれていきました。

言葉にこそ出しませんでしたが「元はと言えば、お前の両親が毎日来るからこんな事になったんだし、全部お前の両親がやった事じゃないか」と。

ある日、私が珍しく早目に帰宅すると、家中の空気が張り詰めていたことがありました。

家に入ると同時に、長男が泣き出しました。

弘子と義母が大喧嘩をしたらしいのです。

いい加減にしてくれ、というのが、その時の正直な気持ちでした。

これまでも、弘子は義父に言えない分、義母に当たって大小さまざまな喧嘩をしていたのです。

その時のそれは特に酷く、疲れて帰宅すると家では揉め事、私が息をつく場所が無く、必然的に優しい外の彼女たちに目が行くようになっていったのでした。

面倒でしたが、二人を宥めて、その場をおさめ、不快な気分のままで居ました。

義父母は帰ってくれれば良いのに、堂々とリビングを占領していたのです。

弘子は部屋に閉じこもったまま、出てきませんでした。

私は部屋に入り、妻を宥めましたが、聞く耳を持ってくれませんでした。

私はいつでも細かい事は気にしない態度が気に入らないらしく、適当に終わらせようとしたら、更に泣きました。

仕事の疲れも重なり、イライラが頂点に達したのですが、泣く妻の肩を抱き、「お前は悪くないから心配するな」と優しく言いました。

しかし抜本的な家庭内の解決には至らずじまいでした。

そんな中で、店の従業員の独身女性の淑子との二重生活が始まるのでした。

(END)

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